自主性とルール

組織が徐々に大きくなってくると必ずぶつかるのが、ルールの整備の必要性です。

 

会社でも一人や二人、創業メンバーの数人であれば、いわば同志、言葉を交わさなくても自然とルールというか行動規範が出来上がっていて共有できています。

 

しかし、組織というのは拡大していこうとします。それが組織の存在意義だったりします。

 

そうするとその組織の一定の理解をしたと思われる人員が加入してくるはずですが、人数が増えてくると色々な問題が起こってきます。

 

価値観が異なるものは同じ組織にいるはずない、と思ってはいても、そこはどんなに努力してもやはり皆育ってきた環境や学んできた土壌が異なるが故、また共有した価値観以外のところもあるので色々な問題が起きてくるものです。

 

そうすると「ルール」を決めていく、というのが普通の組織の在り方だと思います。

 

そりゃそうですよね、ルールがないと皆が好き勝手なことをし出し、様々な主張をし始めます。

 

立ち上げた当初には「そんなの言わなくてもわかるだろう」とか「そんなのちょっと考えればわかること」という組織内での「価値観」あるいは「常識」のようなものが、組織が大きくなってくると通用しない局面が出てきます。

 

それを放置しておくと組織は内部からバラバラになっていき崩壊の危機を迎えます。

崩壊を防ぐためにルールを作っていくことになります。

 

 

・・・でも、それはわかるが、、、心の中では「そんなのルールにしなきゃいけないの?」と思わざるを得ません。

 

理想の組織像とはどんなものでしょう?

 

やはり一人一人が自主的に考え行動し、その上で全員が気持ちよくいることででき切磋琢磨しそれぞれが成長していき、それが組織にも寄与し組織も成長していく。。。

 

これがやはり理想ではないかと思います。

 

いわゆる「阿吽の呼吸」で自主性を担保できれば一番いいのではないか?

 

 

でもそれはわかっていてもやはり逸脱するものが出てきてしまいます。

 

2:8の法則、あるいは2:6:2の法則なんて言われますが、どんなに勤勉なアリを集めてきても必ずサボるアリが出てくるのだそうです。

 

また日本人はいわゆる阿吽の呼吸というのが大事で、日常のあらゆることに優先して、というよりその前提で物事が動いていたりします。

 

これをハイコンテクスト文化というらしいです。

ハイコンテクスト文化とは、伝える努力をしなくてもお互いが相手の意思を察し合ってなんとなく通じる環境のことです。

日本では「同じ釜のメシを喰った仲」とかツーカーの仲などというように意思を察する能力がお互い高いので、あえて口に出さずともなんとなく伝わってしまいがちです。

 

これは逆にいうとそれができないと「空気読めない」と言われたりしますね。

 

でも、TEAM挑戦は「笑顔あふれる地球の創造」を旗印に、ダイバーシティを認知し、自分の信じる道を持ちつつ、他者の心情を理解することに務め、お互いを尊重していくことを一つの理念としています。

 

またダボス会議を超える組織になるためには、今後日本人以外の多国籍な方達ともコミュニケートしていかなければなりません。

 

いわゆる阿吽の呼吸は通じなくなることが予想されます。

TEAM挑戦の理念に共感してもらうのが前提とはいえ、もっと言語による説明、コミュニケーションに関する諸能力(表現力、プレゼン力、説明能力、ディベート力、交渉力など)が求められるのではないでしょうか。

 

これって日本のビジネスマンが海外との交渉がうまくない理由の一つだと思うんですよね。

相手がローコンテクスト文化であるときちんと認識した上で折衝、交渉しないとあとで大変なことになってしまいます。

 

では、この齟齬をどう折り合いをつけるか・・・

 

会員開発委員会では、この課題に今後取り組んでいく必要があると感じております。

(総務委員会とも連携しながら)

 

まだ具体的にはできていませんが、必要最低限のルールというか掟は決めておきたいと思ってます。でもそれは「マニュアル」のような次元の低いものではなくもっと根源的なものでありたい。

そしてそれは皆が理解できる内容で文化の違いがあっても共有できる内容である・・・

そんなイメージでしょうか。

 

今年の会員開発委員会のテーマは「拡大と充実」。

今年、来年と組織が拡大するとき。後で瓦解しないように!

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